あここにはもはや友だちもない 戀もない
渚にぬれて亡靈のやうな草を見てゐる
その草の根はけむりのなかに白くかすんで
春夜のなまぬるい戀びとの吐息のやうです。
おぼろにみえる沖の方から
船人はふしぎな航海の歌をうたつて 拍子も高く楫の音がきこえてくる。
あやしくもここの磯邊にむらがつて
むらむらとうづ高くもりあがり また影のやうに這ひまはる
それは雲のやうなひとつの心像 さびしい寄生蟹《やどかり》の幽靈ですよ。


 かなしい囚人

かれらは青ざめたしやつぽ[#「しやつぽ」に傍点]をかぶり
うすぐらい尻尾《しつぽ》の先を曳きずつて歩きまはる
そしてみよ そいつの陰鬱なしやべるが泥土《ねばつち》を掘るではないか。
ああ草の根株は掘つくりかへされ
どこもかしこも曇暗な日ざしがかげつてゐる。
なんといふ退屈な人生だらう
ふしぎな葬式のやうに列をつくつて 大きな建物の影へ出這入りする
この幽靈のやうにさびしい影だ
硝子のぴかぴかするかなしい野外で
どれも青ざめた紙のしやつぽ[#「しやつぽ」に傍点]をかぶり
ぞろぞろと蛇の卵のやうにつながつてくる さびしい囚人の群ではないか。


 猫柳

つめた
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