舍の自然からよびあげる母の聲です
とをてくう、とをるもう、とをるもう。

朝のつめたい臥床《ふしど》の中で
私のたましひは羽ばたきをする
この雨戸の隙間からみれば
よもの景色はあかるくかがやいてゐるやうです
されどもしののめきたるまへ
私の臥床にしのびこむひとつの憂愁
けぶれる木木の梢をこえ
遠い田舍の自然からよびあげる鷄《とり》のこゑです
とをてくう、とをるもう、とをるもう。

戀びとよ
戀びとよ
有明のつめたい障子のかげに
私はかぐ ほのかなる菊のにほひを
病みたる心靈のにほひのやうに
かすかにくされゆく白菊のはなのにほひを
戀びとよ
戀びとよ。

しののめきたるまへ
私の心は墓場のかげをさまよひあるく
ああ なにものか私をよぶ苦しきひとつの焦燥
このうすい紅《べに》いろの空氣にはたへられない
戀びとよ
母上よ
早くきてともしびの光を消してよ
私はきく 遠い地角のはてを吹く大風《たいふう》のひびきを
とをてくう、とをるもう、とをるもう。
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 さびしい青猫
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ここには一疋の青猫が居る。さうして柳は風にふかれ、墓場には月が登つてゐる。
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