性が、即ち所謂「音韻」である。過去の詩のリズムは、すべて皆この音韻によつて構成された。勿論、今日の自由詩に於ても、音韻はリズムの最も重要なる一大要素であるが、しかも我等の言ふリズムは、必しも此の一面の要素にのみ制約されない。なぜならばそこには、音韻以外、尚他に言葉の「氣分としての韻」があるべきだ。たとへば日本語の「太陽」と言ふ言葉は、音韻上から言つて一聯四音格であるが、かうした語格の特種性を除いて考へても、尚他にこの言葉獨特の情趣がある。その證據は、これを他の同じ語義で同じ一聯四音格の言葉「日輪」や「てんたう」に比較する時、各の語の間に於ける著しい氣分の差を感ずることによつて明白である。實際日本語の詩歌に於て「太陽が空に輝やく」と「日輪が天に輝やく」では全然表現の效果が同じでない。されば我等の自由詩に於て、よし全然音韻上のリズムを發見し得ないとしても、尚そこにこの種の隱れたる氣分の韻律が内在し得ないといふ道理はない。しかしながら、かくの如き色調韻律は、決して最近自由詩の詩人が發見したのではない。勿論それは昔から、すべての定律詩人によつて普通に認められて居た色調、即ち語の縹渺する特種の心像が、詩の表現の最も重大なる要素であることは、むしろ詩人の常識的事項に屬して居る。ただしかし彼等は、かつて之れに色調韻律《ニユアンスリズム》の名をあたへなかつた。彼等はそれを韻律以外の別條件と見て居た。獨り最近自由詩が之れに韻律の名をあたへ、リズムの一要素として認定した。そして之れが肝心のことである。何となればこの兩者の態度こそ、實に兩者のリズムに對する觀念の根本的な相違を示すものであるから。すくなくとも自由詩のリズム觀は、前者に比してより徹底的であり、且つより本質的である。そこでは詩の表現に於ける一切の要素が、すべて皆リズムの觀念の中に包括されて居る。言ひ換へれば「詩それ自體」が既に全景的にリズムである。故に自由詩の批判に於て「この詩にはリズムがない」と言はれる時、それは、勿論「一定の格調や平仄律がない」を意味しない。また必しも拍節の樣式に於ける「形體上の音樂がない」を意味しない。この場合の意味は、詩全體から直覺的に感じられる所の「氣分としての音樂」が聽えない。即ち「感じられるリズムが無い」を言ふのである。之れによつて今日の文壇では、しばしばまた次の如きことが言はれて居る。「この詩には作者のリズムがよく現れてる」「彼のリズムには純眞性がある」「この藝術は私のリズムと共鳴する」此等の場合に於ける「作者のリズム」「彼のリズム」「私のリズム」は何を意味するか。從來の詩學の見地よりすれば、かかる用語に於けるリズムの意味は、全然奇怪にして不可解と言ふの外はない。けだしこの場合に言ふリズムは、全く別趣な觀念に屬してゐる。それは藝術の表現に現はれた樣式の節奏を指すのでない。さうでなく、よつて以てそれが表現の節奏を生むであらう所の、我我自身の心の中に内在する節奏《リズム》、即ち自由詩人の所謂「|心内の節奏《インナアリズム》」「|内部の韻律《インナアリズム》」を指すのである。さらばこの「心内の節奏」即ち内在韻律《インナアリズム》とは何であるか。之れ實に自由詩の哲學[#「自由詩の哲學」に丸傍点]である。今や我等は、自由詩の根本問題に觸れねばならぬ。
原始《はじめ》、自然民族に於て、歌《うた》は同時に唄《うた》であり、詩と音樂とは同一の言葉で同一の觀念に表象された。彼等が詩を思ふとき、その言葉は自然に音樂の拍節と一致し、自然に音樂の旋律――勿論それは單調で抑揚のすくないものであつたことが想像される――を以て唱歌された[#「唱歌された」に丸傍点]。この時代に於て、詩人は同時に音樂家であり、音樂家は同時に詩人であつた。然るにその後、言葉の概念の發育により、次第に詩と音樂とは分離してきた。歌詞の作者と曲譜の作者とは、後世に於て全く同人でない。かくて詩は全然音樂の旋律から獨立してしまつた。ただしかし拍節だけが殘された。なぜならば拍節は、旋律に比して一層線の太いリズムであり、實に韻律の骨格とも言ふべきものであるから。そして詩が、本來音樂と同じ情想の上に表現されるものである限り、この一つの骨格だけは失ふことができないから。
かくして最近に至るまで、詩の表現はこの骨格――言葉の拍節――の上に形式づけられた。所謂「韻律」「韻文」の觀念が之によつて構成されたのである。然るに我我の進歩した詩壇は、更にこの骨格の上に肉づけすべく要求した。骨格だけでは未だ單調で生硬である。我我の文明的な神經は、更に之れを包む豐麗な肉體と、微妙で複雜な影をもつた柔らかい線とを欲求した。言ひ換へれば、我我は「肉づけのある拍節」をさがしたのである。「肉づけのある拍節」それは即ち「旋律」ではないか。かくして一
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