旦失はれたる詩《うた》の旋律は、再度また此所に歸つて來た。しかしながらこの旋律は、かつて原始に在つたそれと全く性質を別にする。原始の旋律は、それ自ら歌詞の節づけとして唄はれたものである。思ふに我等の遠き先祖は、詩と音樂とを常に錯覺混同してゐた。彼等の心像に詩が浮んだことは、同時にいつも音樂のメロヂイが浮んだことである。故にこの場合の方程式は「歌詞+旋律=詩」であつて兩者を心像的に分離することができない。歌詞を切り離せばその旋律に意味がなく、旋律を抽象してしまへば殘りの歌詞に價値ない。(この事態は今日我等の中での原始人である子供に就いて實見することができる)。今や我我の自由詩は、それと全くちがつた別の新しい仕方に於て、それと同じ不思議なる心像――詩と音樂との錯覺――を表象しようといふのである。
 明白なる事實として、詩を思ふ心は音樂を思ふ心である。我等の心像に浮んだ詩は、それ自ら一種のメロヂイをもつてゐる。もし我等にして原始人の如く、また子供等の如く單純素樸であつたならば、必ずや聲をあげて詠誦し、この同一心像に屬する詩と旋律とを同時に一時に發想するであらう。けれども不幸にして我我は近代の複雜した社會に住んでゐる。我我は一人にして詩人と音樂の作曲家とを兼ねることができない。我我は、我我の投影する旋律を知つてゐる、そは一種の氣分として、耳に聽えない音樂として感知される。けれども我我の音樂的無能は、之れを音の形式に再現することができない。そしてその故に、我我は詩人であつて音樂家でないのである。即ち我我の仕事は、この感知されたる旋律を詩の言葉それ自身のリズムに彫みつけることにある。如何にしてか? ここに我我の自由詩を見よ! 自由詩の表現は實に之れである。
 自由詩にあつては、音樂が單なる拍節によつて語られない。拍節は音樂の骨格にすぎないだらう。さうでなく、我我は音樂のより部分的なるリズム全體、即ち旋律と和聲とをそつくりそのまま表現しようとする。そしてこの目的のためには、言葉のあらゆる特性が利用されねばならぬ。第一に先づ言葉の音韻的效果が使用される。しかもそれは定律詩の場合の如く、單に拍節上の目的から、平仄を合せたり、同韻を押したり、語數を調べたりするのでない。我我の目的は、それとはもつと遙かに複雜なリズムを彈奏するにある。しかし單に音韻ばかりでは、到底この奇蹟的な仕事を完全に果すべくもない。よつてまた音韻以外、およそ言葉のもつありとあらゆる屬性――調子《トーン》や、拍節《テンポ》や、色調《ニユアンス》や、氣分《ムード》や、觀念《イデア》――を綜合的に利用する。即ちかくの如きものは、實に言葉の一大シムホニイである。それは單なる形體上の音樂でなくして、それ自らが内容であるところの「音樂それ自身」である。(故に今日の高級な自由詩は、音樂家への作曲を拒絶する。我我の詩は、それ自らの中に旋律と和聲を語つてゐる。この上別に外部からの音樂を要しないのである。「外部からの音樂」は却つて詩の「實際の音樂」を破壞してしまふ。)
「詩は言葉の音樂である」といふ詩壇の標語は、今や我我の自由詩によつて、その眞に徹底せる意味を貫通した。げに我我の表現は、詩を完全にまで音樂と同化させた。否、しかしこの「同化させた」といふ言葉は間ちがひである。なぜならば、始から詩と音樂とは本質的に同一である。詩の心像と音樂の心像とは[#「詩の心像と音樂の心像とは」に丸傍点]、原始人に於ける如く[#「原始人に於ける如く」に丸傍点]、我我に於ても常にまた同一の心像である[#「我我に於ても常にまた同一の心像である」に丸傍点]。たとへば次の如き詩想――「心は絶望に陷り、悲しみの深い沼の底をさまよつて居る。」――が心像として浮んだ時、それは常に一つの抑揚ある氣分として感じられる。そこには或る一つの情緒的な、耳に聽えないメロヂイが低迷してゐる。我我は明らかにそのメロヂイ――氣分の抑揚――を感じ得る。そして此所に詩のリズムが生れるのである。さればこの「音樂の心像」は、それ自ら「詩の心像」であつて、兩者は互に重なり合つた同一觀念に外ならぬ。この限りに於て、我我の言葉でも亦「歌」は「唄」である。言ひ換へれば「詩即リズム」である。リズムの心像を離れて詩の觀念はなく、詩の觀念を離れてリズムの心像はない。リズムと詩とは畢竟同一物の別な名稱にすぎないのだ。それ故我我の詩が、我我の音樂[#「音樂」に丸傍点]の直接な表現であるといふ上述の説明は、之れを一面から言へば、詩想それ自身の直接な表現を意味してゐる。自由詩の表現は、實にこの詩想の抑揚の高調されたる肉感性を捕捉する。情想の鼓動は、それ自ら表現の鼓動となつて現はれる。表現それ自體が作家の内的節奏となつて響いてくる。詩のリズムは即ち詩の VISION である。か
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