運動」即ち「拍子」「拍節」を意味してゐる。思ふにこの觀念の本質的出所は音韻であり、したがつてまた詩の音韻であるが、その擴大されたる場合では、廣く時間と空間とに於ける一般の現象に適用されて居る。たとへば人間の呼吸、時計の振子運動、光のスペクトラム、野菜畠の整然たる畝の列、大洋に於ける浪の搖動、體操及び音樂遊戲の動作、舞踏、特に建築物の美的意匠に於ける一切の樣式、機關車のピストン、四季の順序正しき推移、衣裝の特種の縞柄、および定規の反覆律を示す一切の者。此等はすべて皆「周期的の運動」を示すものであり、畢竟「拍子の樣樣なる樣式」に於ける現象である所から、普通にリズミカルの者[#「リズミカルの者」に丸傍点]と呼ばれて居る。かの定律詩の詩學で定められた韻律の種種なる方則、即ち平仄律、語格律、語數律、反覆律、同韻重疊律、押韻頭脚律、押韻尾脚律、行數比聯律、重聯對比律等の煩瑣なる押韻方程式も、畢竟「拍子の樣樣なる樣式」即ち音韻や詩形の周期的な反覆運動を原則としたる者に外ならぬ。
かく以前の詩學に於ては、拍子が韻律のすべての内容であつた。「拍子即韻律」「韻律即拍子」として觀念されて居た。しかしながらこの觀念は未だ原始的である。より進歩した韻律の觀念には、一層もつと複雜にして本質的なものがあるだらう。勿論、拍子は韻律の本體である。けれども吾人にして、更にこの拍子の觀念を一層徹底的に押し進めて行くならば、遂には所謂「拍子」の形式を超越した所の別種の韻律――拍子でない拍子――を認識するであらう。たとへば水盤の中で遊泳して居る金魚、不規則に動搖する衣裝のヒダに見る陰影の類はリズムでないか。そは一つの拍節から一つの拍節へ、明白に、機械的に形式的に進行して居ない。部分的に、我等はその拍節の形式を明示することができない。けれども全體から、直覺として感じられるリズムがある。より複雜にして、より微妙なる、一つの旋律的なリズムがある、然り、水盤の中で遊泳して居る魚の美しい運動は、明らかに一つの音樂的樣式を語つてゐる。そは幾何學的の周期律を示さない。けれども旋律的な周期律[#「旋律的な周期律」に丸傍点]を示して居る。外部からの形式でなく、内部からの樣式による自由な拍節を示してゐる。即ちそれは「形式律としてのリズム」でなく「自由律としてのリズム」である。かくの如きものは、よしたとへ「拍節的《リズミカル》のもの」でないとしても、確實に言つて「旋律的《メロヂカル》のもの」である。
ここに我等は、所謂「拍子」と「旋律」との關係を知らねばならぬ。先づ之れを音樂に問へ。音樂上で言はれる韻律の觀念は、狹義の場合には勿論拍子を指すのであるが、廣義の語意では拍子と旋律との兩屬性を包容する。即ちこの場合のリズムは「音樂それ自體」を指すのである。この事實は、勿論「言葉の音樂」である詩に於ても同樣である。元來、旋律は拍節の一層部分的にして複雜なものである[#「旋律は拍節の一層部分的にして複雜なものである」に丸傍点]。そは拍子の如く幾何學的圖式を構成しない。しかも一つの「自由なる周期律」を有するリズムである。しかしてそれ自らが音樂の情想であり内容である。それ故「韻律」の觀念を徹底すれば、詩の旋律もまた明白にリズムの一種である。即ち音樂と同じく「詩それ自體」が既に全景的にリズムである。然るに過去の詩人等は、リズムの觀念を拍子の一分景に限り、他に旋律といふリズムの在ることを忘れて居た。自由詩以後我等のリズムに關する概念は擴大された。今日我等の言ふリズムは[#「今日我等の言ふリズムは」に丸傍点]、もはや單なる拍節の形式的周期を意味しない[#「もはや單なる拍節の形式的周期を意味しない」に丸傍点]。我等の新しい觀念では、更により内容的なる言葉の旋律が重視されてゐる。言葉の旋律! それは一つの形相なき拍節であり、一つの「感じられるリズム」である。かの魚の遊泳に於ける音樂的樣式の如く、部分としては拍節のリズムを指示することができない。けれど全曲を通じて流れてゆく言葉の抑揚や氣分やは、直感的に明白なリズムの形式――形式なき形式――を感じさせる。しかしてかくの如きは、實に「旋律そのもの」の特質である。
かくて詩に於けるリズムの觀念は、形體的の者から内在的のものへ移つて行つた。拍節の觀念は、過去に於て必然的な形式を要求した。然るに今日の詩人等は、必しも外形の規約に拘束されない。なぜならば我等の求めるものは、形の拍節でなくして氣分の拍節、即ち「感じられるリズム」であるから。この新しき詩學からして、自由詩人の所謂「色調韻律《ニユアンスリズム》」「音のない韻律」の觀念が發育した。元來、我等のすべての言葉は――單語であると綴り語であるとを問はず――各個に皆特種な音調とアクセントとを持つて居る。この言葉の音響的特
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