下に入るわけである。そこには一人の説明者が居て、畫面のあちこちを指さしながら、絶えず抑揚のある聲で語つてゐた。その説明の聲に混つて、不斷にまたオルゴールの音が聽えてゐた。それはおそらく、館の何所かで鳴らしてゐるのであらう。少しも騷がしくなく、靜かな夢みるやうな音の響で、絶えず子守唄のやうに流れてゐた。(その頃は、まだ蓄音機が渡來してなかつた。それでかうした音樂の場合、たいてい自鳴機のオルゴールを用ゐた。)
パノラマ館の印象は、奇妙に物靜かなものであつた。それはおそらく畫面に描かれた風景が、その動體のままの位地で、永久に靜止してゐることから、心象的に感じられるヴイジヨンであらう。馬上に戰況を見てゐる將軍も、銃をそろへて突撃してゐる兵士たちも、その活動の姿勢のままで、岩に刻まれた人のやうに、永久に靜止してゐるのである。それは環境の印象が、さながら現實を生寫しにして、あだかも實の世界に居るやうな錯覺をあたへることから、不思議に矛盾した奇異の思ひを感じさせ、宇宙に太陽が出來ない以前の、劫初の靜寂を思はせるのである。特に大砲や火藥の煙が、永久に消え去ることなく、その同じ形のままで、遠い空に夢の
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