つて廣がつてるのだ。私は子供の驚異から、確かに魔法の國へ來たと思つた。
 見渡す限り、現實の眞の自然がそこにあつた。野もあれば、畑もあるし、森もあれば、農家もあつた。そして穹窿の盡きる涯には、一抹模糊たる地平線が浮び、その遠い青空には、夢のやうな雲が白く日に輝いてゐた。すべて此等の物は、實には油繪に描かれた景色であつた。しかしその館の構造が、光學によつて巧みに光線を利用してるので、見る人の錯覺から、不思議に實景としか思はれないのである。その上に繪は、特殊のパノラマ的手法によつて、透視畫法を極度に效果的に利用して描かれてゐた。ただ望樓のすぐ近い下、觀者の眼にごく間近な部分だけは、實物の家屋や樹木を使用してゐた。だがその實物と繪とのつなぎ[#「つなぎ」に傍点]が、いかにしても判別できないやうに、光學によつて巧みに工夫されてゐた。後にその構造を聞いてから、私は子供の熱心な好奇心で、實物と繪との境界を、どうにかして發見しようとして熱中した。そして遂に、口惜しく絶望するばかりであつた。
 館全體の構造は、今の國技館などのやうに圓形になつて居るので、中心の望樓に立つて眺望すれば、四方の全景が一望の
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