、少年の愁ひを悲しんでゐた私であつた。今では自動車が荷物を載せて、私の過去の記憶の上を、勇ましくタンクのやうに驀進して行く。

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兵士の行軍の後に捨てられ
破れたる軍靴《ぐんくわ》のごとくに
汝は路傍に渇けるかな。
天日《てんじつ》の下に口をあけ
汝の過去を哄笑せよ。
汝の歴史を捨て去れかし。
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          ――昔の小出新道にて――

 利根川は昔ながら流れて居るが、雲雀の巣を拾つた河原の砂原は、原形もなく變つてしまつて、ただ一面の桑畑になつてしまつた。

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此所に長き橋の架したるは
かのさびしき惣社の村より
直として前橋の町に通ずるらん。
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 と歌つた大渡新橋も、また近年の水害で流失されてしまつた。ただ前橋監獄だけが、新たに刑務所と改名して、かつてあつた昔のやうに、長い煉瓦の塀をノスタルヂアに投影しながら、寒い上州の北風に震へて居た。だが

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監獄裏の林に入れば
囀鳥高きにしば鳴けり
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 と歌つた裏の林は、概ね皆伐採されて、囀鳥の聲を聞
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