《はぎ》亭も、既に今は跡方もなく、公園の一部になつてしまつた。その公園すらも、昔は赤城牧場の分地であつて、多くの牛が飼はれて居た。
ひとり友の群を離れて、クロバアの茂る校庭に寢轉びながら、青空を行く小鳥の影を眺めつつ
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艶めく情熱に惱みたり
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と歌つた中學校も、今では他に移轉して廢校となり、殘骸のやうな姿を曝して居る。私の中學に居た日は悲しかつた。落第。忠告。鐵拳制裁。絶えまなき教師の叱責。父母の嗟嘆。そして灼きつくやうな苦しい性慾。手淫。妄想。血塗られた惱みの日課! 嗚呼しかしその日の記憶も荒廢した。むしろ何物も亡びるが好い。
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わが草木《さうもく》とならん日に
たれかは知らむ敗亡の
歴史を墓に刻むべき。
われは飢ゑたりとこしへに
過失を人も許せかし。
過失を父も許せかし。
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――父の墓に詣でて――
父の墓前に立ちて、私の思ふことはこれよりなかつた。その父の墓も、多くの故郷の人人の遺骸と共に、町裏の狹苦しい寺の庭で、侘しく窮屈げに立ち竝んでる。私の生涯は過失で
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