朝が來た。雀等は窓に鳴いてる。起きよ。起きよ。起きてまた昨日の如く、汝の今日の生活をせよ――。


 物みなは歳日と共に亡び行く
     わが故郷に歸れる日、ひそかに祕めて歌へるうた。

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物《もの》みなは歳日《としひ》と共に亡び行く。
ひとり來てさまよへば
流れも速き廣瀬川。
何にせかれて止《とど》むべき
憂ひのみ永く殘りて
わが情熱の日も暮れ行けり。
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 久しぶりで故郷へ歸り、廣瀬川の河畔を逍遙しながら、私はさびしくこの詩を誦した。
 物みなは歳日《としひ》と共に亡び行く――郷土望景詩に歌つたすべての古蹟が、殆んど皆跡方もなく廢滅して、再度《ふたたび》また若かつた日の記憶を、郷土に見ることができないので、心寂寞の情にさしぐんだのである。
 全く何もかも變つてしまつた。昔ながらに變らぬものは、廣瀬川の白い流れと、利根川の速い川瀬と、昔、國定忠治が立て籠つた、赤城山とがあるばかりだ。

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少年の日は物に感ぜしや
われは波宜《はぎ》亭の二階によりて
悲しき情感の思ひに沈めり
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 と歌つた波宜
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