》の生活《らいふ》が……。ああ止めよ。止めよ。むしろ斷乎たる決意を取れ! 臥床《ふしど》の中で、私はまた呪文のやうに、いつもの習慣となつてる言葉を繰返した。
止めよ。止めよ。斷乎たる決意をとれ!
そもそもしかし、何が「斷乎たる決意」なのか。私はその言葉の意味することを、自分ではつきりと知りすぎて居る。知つてしかも恐れはばかり、日日にただ呪文の如く、朝の臥床の中で繰返してゐる。汝、卑怯者! 愚痴漢! 何故に屑《いさ》ぎよくその人生を清算し、汝を處決してしまはないのか。汝は何事をも爲し得ないのだ。そしてただ、汝の信じ得ない神の恩寵が、すべての人間に平等である如く、汝にもその普遍的な最後の恩寵――永遠の忘却――を、いつか與へ給ふ日を、待つて居るのだ。否否。汝はそれさへも恐れ戰のき、葦のやうに震へてゐるのだ。ああ汝、毛蟲にも似たる卑劣漢。
だがしかし、その時朝の侘しい光が、私の臥床の中にさし込み、やさしい搖籠のやうにゆすつてくれた。古い聖書の忘れた言葉が、私の心の或る片隅で、靜かに侘しい日陰をつくり、夢の記憶のやうに浮んで來た。
神はその一人子を愛するほどに、汝等をも愛し給ふ。
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