落ちてる時、ただ獨り醒めて眠らず、夜《よる》も尚ほ水は流れて行く。寂しい、物音のない、眞暗な世界の中で、山を越え、谷を越え、無限の荒寥とした曠野を越えて、水はその旅を續けて行く。ああ、だれがその悲哀を知るか! 夜ひとり目醒めた人は、眠りのない枕の下に、水の淙淙といふ響を聽く。――我が心いたく疲れたり。主よ休息をあたへ給へ!
父と子供
あはれな子供が、夢の中ですすり泣いて居た。
「皆が私を苛めるの。白痴《ばか》だつて言ふの。」
子供は實際に痴呆であり、その上にも母が無かつた。
「泣くな。お前は少しも白痴《ばか》ぢやない。ただ運の惡い、不幸な氣の毒の子供なのだ。」
「不幸つて何? お父さん。」
「過失のことを言ふのだ。」
「過失つて何?」
「人間が、考へなしにしたすべてのこと。例へばそら、生れたこと、生きてること、食つてること、結婚したこと、生殖したこと。何もかも、皆過失なのだ。」
「考へてしたら好かつたの?」
「考へてしたつて、やつぱり同じ過失なのさ。」
「ぢやあどうするの?」
「おれには解らん。エス樣に聞いてごらん。」
子供は日曜學校へ行き、讚美歌をおぼえてよく歌つてゐた
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