》の生活《らいふ》が……。ああ止めよ。止めよ。むしろ斷乎たる決意を取れ! 臥床《ふしど》の中で、私はまた呪文のやうに、いつもの習慣となつてる言葉を繰返した。
止めよ。止めよ。斷乎たる決意をとれ!
そもそもしかし、何が「斷乎たる決意」なのか。私はその言葉の意味することを、自分ではつきりと知りすぎて居る。知つてしかも恐れはばかり、日日にただ呪文の如く、朝の臥床の中で繰返してゐる。汝、卑怯者! 愚痴漢! 何故に屑《いさ》ぎよくその人生を清算し、汝を處決してしまはないのか。汝は何事をも爲し得ないのだ。そしてただ、汝の信じ得ない神の恩寵が、すべての人間に平等である如く、汝にもその普遍的な最後の恩寵――永遠の忘却――を、いつか與へ給ふ日を、待つて居るのだ。否否。汝はそれさへも恐れ戰のき、葦のやうに震へてゐるのだ。ああ汝、毛蟲にも似たる卑劣漢。
だがしかし、その時朝の侘しい光が、私の臥床の中にさし込み、やさしい搖籠のやうにゆすつてくれた。古い聖書の忘れた言葉が、私の心の或る片隅で、靜かに侘しい日陰をつくり、夢の記憶のやうに浮んで來た。
神はその一人子を愛するほどに、汝等をも愛し給ふ。
朝が來た。雀等は窓に鳴いてる。起きよ。起きよ。起きてまた昨日の如く、汝の今日の生活をせよ――。
物みなは歳日と共に亡び行く
わが故郷に歸れる日、ひそかに祕めて歌へるうた。
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物《もの》みなは歳日《としひ》と共に亡び行く。
ひとり來てさまよへば
流れも速き廣瀬川。
何にせかれて止《とど》むべき
憂ひのみ永く殘りて
わが情熱の日も暮れ行けり。
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久しぶりで故郷へ歸り、廣瀬川の河畔を逍遙しながら、私はさびしくこの詩を誦した。
物みなは歳日《としひ》と共に亡び行く――郷土望景詩に歌つたすべての古蹟が、殆んど皆跡方もなく廢滅して、再度《ふたたび》また若かつた日の記憶を、郷土に見ることができないので、心寂寞の情にさしぐんだのである。
全く何もかも變つてしまつた。昔ながらに變らぬものは、廣瀬川の白い流れと、利根川の速い川瀬と、昔、國定忠治が立て籠つた、赤城山とがあるばかりだ。
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少年の日は物に感ぜしや
われは波宜《はぎ》亭の二階によりて
悲しき情感の思ひに沈めり
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と歌つた波宜
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