ないじまいでいる次第だ。旅行ということも、私は殆《ほとん》どしたことがない。嫌《きら》いというわけではないが、荷造りや旅費の計算が面倒であり、それに宿屋に泊ることが厭《いや》だからだ。こうした私の性癖を知ってる人は、私が毎日家の中で、為《な》すこともない退屈の時間を殺すために、雑誌でもよんでごろごろしているのだろうと想像している。しかるに実際は大ちがいで、私は書き物をする時の外、殆ど半日も家の中にいたことがない。どうするかといえば、野良犬《のらいぬ》みたいに終日戸外をほッつき廻っているのである。そしてこれが、私の唯一の「娯楽」でもあり、「消閑法」でもあるのである。つまり私が秋の季節を好むのは、戸外生活をするルンペンたちが、それを好むのと同じ理由によるのである。
前に私は「散歩」という字を使っているが、私の場合のは少しこの言葉に適合しない。いわんや近頃流行のハイキングなんかという、颯爽《さっそう》たる風情《ふぜい》の歩き様をするのではない。多くの場合、私は行く先の目的もなく方角もなく、失神者のようにうろうろと歩き廻っているのである。そこで「漫歩」という語がいちばん適切しているのだけれど
前へ
次へ
全5ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング