思惟とが、いつしか私の心の隅に、鼠のやうに巣を食つていつた。

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いかんぞ いかんぞ思惟をかへさん
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 人の怒のさびしさを、今こそ私は知るのである。さうして故郷の家をのがれ、ひとり都會の陸橋を渡つて行くとき、涙がゆゑ知らず流れてきた。えんえんたる鐵路の涯へ、汽車が走つて行くのである。
 郷土! 私のなつかしい山河へ、この貧しい望景詩集を贈りたい。

  西暦一九二五年夏
    東京の郊外にて[#地から3字上げ]著者
[#改丁]

愛憐詩篇
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 夜汽車

有明のうすらあかりは
硝子戸に指のあとつめたく
ほの白みゆく山の端は
みづがねのごとくにしめやかなれども
まだ旅びとのねむりさめやらねば
つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや。
あまたるきにす[#「にす」に傍線]のにほひも
そこはかとなきはまきたばこの烟さへ
夜汽車にてあれたる舌には侘しきを
いかばかり人妻は身にひきつめて嘆くらむ。
まだ山科《やましな》は過ぎずや
空氣まくらの口金《くちがね》をゆるめて
そつと息をぬいてみる女ごころ
ふと二人かなしさに身をすりよせ

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