に打ちあげられてゐるにちがひないと。人人の心臟は熱し、その眼は希望にくらめいた。
一秒間は過ぎた。けれども、そこには何事も起らなかつた。
舟は相變らずの速力で疾風のやうに走りつづけて居た。そして夢みるやうな月光の海に、眞黒の島は音もなく眠つて居た。ただ高潮に達した音樂のメロヂイばかりが、あたりの靜寂を破つて手にとるやうに聞えて居た。
「まてよ。」
しばらくして乘組員の一人が、心の中で思ひ惑つた。
實際、彼等はさつきから數時間漕いだ。そして今、船は狂氣のやうに疾走して居る。それにもかかはらず、彼等は最初の位地から、一尺でも島に近づいては居なかつたのである。島と船との間には、いつも氣味の惡い、同じ距離の間隔が保たれて居た。
「まてよ。」
殆んど同時に、他の二、三人の男がつぶやいた。
「どうしたといふのだ、おれたちは。」
彼等はぼんやりして顏を見合せた。そして手から櫓をはなした。
「氣をつけろ。」
その時、だしぬけに仲間の一人が叫んだ。その聲は不安と恐怖にみちて、鋭どく甲ばしつて居た。
「みんな氣をつけろ。おれたちは何か恐ろしい間違へをしてゐるのかも知れない。さもなければ……。
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