どい良心をもつて生れた人ほど、いたましいものはない。
さういふ人たちは、いつでも、つめた貝に食はるる蛤のやはらかい肉身の痛みをかんじ、しのばなければならない。
わたしはわたしの自由意志を愛する。そしてあの青ざめた幽靈のまへには、熱病やみのやうにふるへをののいてゐる。いつも、いつも、わたしはさうである。


 生えざる苗

『おれは、青い空の色がすきだ。
おれは、青い木の葉のにほひをかぐのがすきだ』
イワンがかう言つた。
イワンは肉慾主義者の血統をひいた『カラマゾフ兄弟』の一人である。彼は極端な無神論者で、恐ろしい懷疑家である。
イワンは何ものとも妥協することのできない近代思想の勇者である。彼は神を信じない。惡魔を信じない。天國も地獄も、道徳も人道も、博愛も正義も、科學も哲學も、およそ地上のいつさいのものを賤辱し盡してゐる。而してまつくらな焦熱地獄のどん底に絶望的の悶絶をつづけながら、しかも尚、新らしい救ひをもとめようとしてもがきあがいてゐる。
彼は苦しい聲を出して叫んだ。
『いつたい、おれのやうな人間はどうすればいいのだ』と。
ほんとにイワンはどうすることもできない人間である。
しかし
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