散文詩・詩的散文
萩原朔太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)硝子玉《がらすだま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)下|品《ぼん》の感傷とは、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]
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 SENTIMENTALISM

 センチメンタリズムの極致は、ゴーガンだ、ゴツホだ、ビアゼレだ、グリークだ、狂氣だ、ラヂウムだ、螢だ、太陽だ、奇蹟だ、耶蘇だ、死だ。

 死んで見給へ、屍蝋の光る指先から、お前の至純な靈が發散する。その時、お前は、ほんたうに OMEGA の、青白い感傷の瞳を、見ることが出來る。それがおまへの、ほんたうの、人格であつた。

 なにものもない。宇宙の『權威』は、人間の感傷以外になにものもない。

 手を磨け、手を磨け、手は人間の唯一の感電體である。自分の手から、電光が放射しなければ、うそ[#「うそ」に傍点]だ。

 幼兒が神になる。

 幼兒は眞實[#「眞實」に白丸傍点]であり、神は純一至高の感傷[#「感傷」に白丸傍点]である、神の感傷は玲瓏晶玉の如くに透純である。神は理想である、人は神になるまへに硝子玉《がらすだま》の如く白熱されねばならない。

 眞實[#「眞實」に白丸傍点]は實體である[#「は實體である」に傍点]、感傷[#「感傷」に白丸傍点]は光である[#「は光である」に傍点]。
 幼兒の手が磨かれるときに、琥珀が生れる。彼は眞珠となる。そして昇天する。

 實體の瓦石は、磨いても光らない。
 實體の瓦石とは、生れながらの成人《おとな》である。パリサイの學徒である。眞實のない製詩職工である。

 涙の貴重さを知らないものに眞實はない。

 哲人は詩人と明らかに區別される。彼は、最もよく神を知つて居ると自負するところの、人間である。然も實際は、最もよく神を知らない、人間である。彼は偉大である、けれども決して神を見たことがない。

 神を見るものは幼兒より外にない。
 神とは『詩』である。

 哲學[#「哲學」に白丸傍点]は、概念である、思想である、形である。
 詩[#「詩」に白丸傍点]は、光である、リズムである、感傷である。生命そのものである。
 哲人も往往にして詩を作る。ある觀念のもとに詩を作る。勿論、それ等の詩(?)は、形骸ばかりの死物である。勿論、生命がない。感動がない。
 然るに、地上の白痴《ばか》は、群集して禮拜する。白痴の信仰は、感動でなくして、恐怖である。

 下|品《ぼん》の感傷とは、新派劇である。中品の感傷とはドストヱフスキイの小説である。上品の感傷とは、十字架上の耶蘇である、佛の涅槃である、あらゆる地上の奇蹟である。

 大乘の感傷には[#「大乘の感傷には」に傍点]、時として理性がともなふ[#「時として理性がともなふ」に傍点]。けれども理性が理性として存在する場合には、それは觀念であり、哲學であつて『詩』ではない。
 感傷の涅槃にのみ『詩』が生れる。即ち、そこには何等の觀念もない、思想もない、概念もない、象徴のための象徴もない、藝術のための藝術もない。

 これはただの『光』である。

 七種の繪具の配色は『光』でない。『光』は『色』のすさまじい輪轉である。純一である。炎燃リズムである。そして『光』には『色』がない。

 色即是空、空即是色。

 藝術の生命は光である[#「藝術の生命は光である」に傍点]。斷じて色ではない[#「斷じて色ではない」に傍点]。
 リズムは昇天する。調子は夕闇の草むらで微動する。

 我と人との接觸、我と物象との接觸、我と神との接觸、我と我との接觸、何物も接觸にまさる歡喜はない。この大歡喜が自分の藝術である。

 自分は神と接觸せんとして反撥される、自分は物象と接觸せんとして反撥される、自分は戀人と接觸せんとして反撥される。その反撥の結果は、何時も何時も、我と我とが固く接觸する。接觸の所産は詩である。

 未來、自分は感傷の涅槃にはいる、萬有と大歡喜を以て、接觸することが出來る。現在、及び過去の自分は未成品である。道程である。[#地から2字上げ]――人魚詩社宣言――


 遊泳

 白日のもと、わが肉體は遊樂し、沒落し、浮びかつ浪を切る。

 けふわが生くるは、わが遊戲をして、光り、かつ眞實あらしめんためなり。わが輝やく城の肢體をしてみがきしたしく魚らと淫樂せしめてよ。

 奇蹟金銀
 祈祷晶玉
 海底詠嘆
 海上光明

 しんしんたる浪路のうへ、祈れば我が手につながれ、あきらかに珊瑚の母體は昇天す。

 母體は昇天す、このときみなそこに魚介はしづみ、いつさい
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