に素足にて徒歩《かち》まうでかし。なんぢの白いあなうらもつめたい土壤と接觸するときに、兄の戀魚はまあたらしい墓石の下によろこびの目をさます。その兄のめざめを感じ、おまへの素足に痙攣する地下電流の銅線をふんでわたれ。きけ、遠い遠い靈感の墓場で兄の精靈がおまへを呼んで居る。
妹よ、
み寺に行く途は遠くとも朝のちよこれいと[#「ちよこれいと」に傍点]の興奮を忘れるな。
妹よ、
凝念敬具。
おんみが菊をさげて歩むの路を清淨にせよ。
ああ、秋だ、
秋だ、
兄の手をして血縁《けちえん》の墓石にかがやかしむるの秋だ。
妹よ、
兄が純金の墓石の前に、菊を捧げて爾が立つたとき、兄はほんたう[#「ほんたう」に傍点]におん身に接吻する。おん身のにくしんに、額に、脣に、乳房に、接吻する。
妹よ、
いまこそなんぢに告ぐ、
われらいかに相愛してさへあるに、兄の手は、足は、くちびるは、かつて一度もなんぢの肉身に觸れたことさへないのである。
とき子よ、
兄は哀しくなる、しんに兄は哀しくなる。

めいりいごうらうんど、靈性木馬のうへのさんちまんたりずむ[#「さんちまんたりずむ」に傍点]をきみは知るか。
木馬はまはる、
光はまはる、
兄の肉體は疾風のやうに旋囘する、
兄の左に少女がじつと立つて居る、
白い前かけをした娘だ、
娘のくちびるが、あかいくちびるが、林檎が、しだいに、あざやかに、私のくちびるを追ひかける。
めいりいごうらうんど、
木馬がまはる、
世界がまはる、
光がまはる、
この※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]る、むらさきの矢がすりの狂氣した色の世界に娘は立つて居る。
さうして、また、くちびると、くちびると。
秋だ、
兄の肉身はかうして靈感の天界へ失踪する、
はなればなれのくちびるとくちびると、
木馬は都會を越え群集を越え雜鬧を越え、いつさいを越えて液體空氣の圈中にほろび行くまで、
おんみよ、
異性のりずむ[#「りずむ」に傍点]とはかうも遠く近く夢みるごとく人の世にうら哀しいものか、
淺草公園秋の夕ぐれ、
めいりいごうらうんど靈性木馬の旋囘、
磨きあげた鋼鐵盤の白熱※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]轉だ、
想へ、切に切にそが上に昏絶せむとする兄の痩せはてた肉身のいたましさを、
兄は畜生にもあらず、
兄は佛身にもあらず、
兄はいんよく極まりなき巷路の無名詩人だ、
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