間とは、しをらしい小心の子供である。
自分の心だけでは思つても、人のまへでは言へないことがある。それを言はずにゐる心根がいぢらしいのだ。よい人間とは、どんな場合にも「おひと好し」でなければならない。自分自身に對して臆病な「おひと好し」でなければならない。
かりにもわが心に問うて「恥かしい」と思ふやうな醜いことを、人は決して言葉に出して言つてはならない。
しづかに太陽は空をめぐつてゐる。
悲しい野末の墓石が風にふかれてゐる。
そのつめたい石の下には、ほそながい人間のからだが、あふむけに寢てゐる。そのからだの上には重たい土がある。土の上には青い空がひるがへつてゐる。眠るひとは、墓の下で雙手を胸の上に組みあはせて眠る。
かうして時はすぎる。
かうして、さまざまの人の心の奧底にふかくかくされてゐたあらゆる祕密が、とこしへに闇から闇へと葬られる。
私はけふも野末の墓場をおとづれた。
さうして私は、けふもまたあの不思議な老人の姿をみた。
つめたい墓場の石の上に老人は坐つてゐた。
まいにち、同じところで、あの老人はなにをあんなに考へこんでゐるのだらう。
わたしは、あるとき思ひきつてそれをたづねてみた。
けれども老人はなにも答へなかつた。そしてただ、意味ありげのさびしい微笑をみせた。
そのとき空には白い雲がながれてゐた。
人間はだれしも美しいものではない。人間の心臟には動物の血がまじつてゐる。時として人間は、動物よりももつと[#「もつと」に傍点]醜い、もつと[#「もつと」に傍点]邪惡な、もつと背徳的な慾望や思想にふけり易いものである。しかし人は自分の力ではそれをどうにもすることは出來ない。それは是非もない、悲しい人間の本能であるから。
空には白い雲がながれてゐる。そして老人は何にも言はずに寂しい微笑をした。
ああ、なんといふさびしい微笑であらう。
もの悲しい秋の日の、つめたい墓石の上で。
ああ、なんといふなつかしい微笑であらう。
青ざめた良心
良心とはなに。
あの青ざめた顏をした良心といふものほど、近代の人間にとつて薄氣味のわるいものはない。
われわれの心に忍び足をするあいつ[#「あいつ」に傍点]の姿をみると、幽靈の出現のまへに起るやうな恐ろしさをかんずる。
むかし、道徳の權威が認められてゐたころには、良心は神の聲であつた。
しかし、今ではなにものの聲だらう。
およそ得體《
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