べてのものは、本質に於ての散文であり、プロゼックのものと考えられる。故に詩の本質とするすべてのものは、所詮《しょせん》「夢」という言語の意味に、一切尽きている如く思われる。しかしながら吾人の仕事はこの「夢」という言語の意味が、実に何を概念するかを考えるのである。
 夢とは何だろうか? 夢とは「現在《ザイン》しないもの」へのあこがれ[#「あこがれ」に傍点]であり、理智の因果によって法則されない、自由な世界への飛翔《ひしょう》である。故に夢の世界は悟性の先験的|範疇《はんちゅう》に属してないで、それとはちがった*自由の理法、即ち「感性の意味」に属している。そして詩が本質する精神は、この感情の意味によって訴えられたる、現在《ザイン》しないものへの憧憬《どうけい》である。されば此処《ここ》に至って、始めて詩の何物たるかが分明して来た。詩とは何ぞや? 詩とは実に主観的態度によって認識されたる[#「詩とは実に主観的態度によって認識されたる」に白丸傍点]、宇宙の一切の存在[#「宇宙の一切の存在」に白丸傍点]である。もし生活にイデヤを有し、かつ感情に於て世界を見れば、何物にもあれ、詩を感じさせない対象
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