この書物を一読すれば、すくなくとも翌日からして、詩の批判を正当にすることができるであろう。
西暦一九二八年十月
[#地から2字上げ]大森|馬込《まごめ》町にて 著者
[#改ページ]
新版の序
インテリの通有性は、自分の心情《ハート》が為《な》してる仕事に対して、自分の頭脳《ヘッド》が懐疑を持つことだと言われている。詩を作るのは、情緒と直観の衝動による内臓的行為であるが、詩の原理を考えるのは、理智の反省による頭脳の悟性的行為である。ところで、詩人としての私の生活が、過去にそのインテリの通有性を、型通りに経過して来た。即ち私は、一方で人生を歌いながら、一方で人生の何物たるかを思想し続け、一方で詩を書きながら、一方で詩の本質について懐疑し続けて来た。この『詩の原理』は、私が初めて詩というものを書いた最初の日から、自分の頭脳に往来した種々の疑問の総譜表《スコーア》である。
しかしこの書の初版が出てから、既に約十年の時日が経《た》ってる。この長い歳月の間に、自分の思想に多少の変化と進歩があり、今日の私から見て、この著に幾分の不満なきを得ない。しかしそれは部分的の事であ
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