った。実に新体詩の昔から、我々はこれを忍んできた。そして恐らく、今後も尚《なお》忍ばねばならないだろう。けれども時がくる時、いつかは文壇にもイデヤが生れ、さすがに現実家なる日本人も、何かの夢を欲情する日が来るであろう。我々はその日を待とう。そしてこの新しい希望の故に、尚かつ我々の未熟な詩を書いているのだ。もしそうでなかったら、今日のような国語による、西洋まがい[#「まがい」に傍点]の無理な自由詩など作らないで、芸術としてずっと遙《はる》かに完成されたる、伝統詩形の和歌や俳句を作るだろう。我々はだれも、今日の詩が芸術としての完成さで、和歌俳句に及ばないことを知りきっている。しかし我々の求めるものは、美の完成でなくして創造であり、そして実に「芸術」よりも「詩」なのである。
 詩! 我々はこの言葉の中に響く、無限に人間的な意味を知っている。そこには情熱の渇《かわき》があり、遠く音楽のように聴《きこ》えてくる、或る倫理感への陶酔がある。然《しか》り、詩は人間性の命令者で、情慾の底に燃えているヒューマニチイだ。我々はそれを欲しても欲しないでも、意志によって駆り立てられ、何かに突進せねばならなくな
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