うした相対上の関係でなく、気質の絶対的な本性に根づいたものだ。日本には原始からして、一も貴族主義や形式主義が発生してない。第一日本の詩の歴史は、無韻素朴な自由詩に始まっている。(一方で西洋の詩は、荘重典雅な形式的の叙事詩《エピック》に始まっている。)日本では古来からして、あらゆる文化が素朴自由の様式で特色している。西洋の文化に見るような、貴族的に形式ぶったものや、勿体《もったい》ぶったものや、ゴシック風に荘重典雅のものやは、一も日本に発育していない。皇室ですらが、日本は極《きわ》めてデモクラチックで――特に上古はそうであった――少しも形式ぶったところがなく、陛下が人民と一所に起臥《きが》しておられた。一方に西洋や、支那《しな》や、エジプトやでは、荘重典雅な皇居の中で、あらゆる形式主義の儀礼の上に、権力意識の神聖な偶像が坐っていた。
 だから日本には、外国に見るような堂々たる建築や、壮麗にして威圧的な芸術やは、歴史のどこにも残っていない。(すべての建築美術は、本来リズミカルのものであり、権力感情の表現されたものである。)日本では皇室や神社の如き、最も威圧的に荘厳であるべき物すら、平明素朴
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