ものと定評された徳田秋声の作の如き、全くその*写生文的俳句趣味で特色されている。そして他の多くの小説が、より劣等な価値に於て、悉《ことごと》く皆俳句である。

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* 写生文というのは、ホトトギス派の俳人によって創始された文学で、有る世界を有る現状のままに於て、全然没主観で書くことを主張した。そこでこれが自然主義の文学論と、まったく一緒になってしまった。
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 さればレアリズム(現実主義)という言葉が、西洋風の文学観で言われる限り、日本には真のレアリズムがないのである。第一レアリズムという言語が持っている、特殊な冷酷感的な、真実をあばき出そうとする語感は、日本のどんな小説にも感覚されない。日本の写実小説は、レアリズムというべきでなく、もっと好人物的なる、俳句的観照本位のものである。しかしながら言語の意味から、その特殊な語感を除いて考えれば、日本人の文学が持っているものこそ、真の徹底したる意味の現実主義であるか知れない。なぜならば西洋の所謂《いわゆる》レアリズムは、客観というべくあまりに主観的で、エゴの哲学を強調しすぎる。そしてこの故にまた観念
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