神の反動に外ならない。(科学が詩的精神の反語であることは前に述べた。)(「人生に於ける詩の概観」参照)
 されば西洋に於ける一切の文明思想は、結局言って「主観を肯定する主観精神」「主観を否定する主観精神」との、二つの主観精神の対立に外ならない。そして芸術がまたこの二つの精神によって対立されている。例えば詩に於ては、前に言った「抒情詩」と「叙事詩」の関係がこれである。そしてこの抒情詩的精神《リリカルソート》と叙事詩的精神《エピカルソート》とは、他のすべての芸術に共通している。即ち前に説いたように、小説に於ける浪漫主義と自然主義とが、この同じ関係の対立である。美術にあっては、一方にミレーやゴーガン等の、抒情派があり、一方にピカソやセザンヌ等の、歪《ゆが》んだ科学的の叙事詩派がある。音楽がまた同じく、スイートでメロディアスの抒情的音楽と、荘重でリズミカルな叙事詩的音楽とが、昔から常に対立している。
 かくの如く西洋の文明は、抒情詩的精神《リリカルソート》と叙事詩的精神《エピカルソート》との対流であり、主観に正説する主観的精神と、主観に逆説する主観的精神との二つの者の相対に建設されている。そこ
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