は不自然の拘束であったように、今日から推測され得るところがあるからだ。しかしこの議論は別としよう。とにかく日本語の音律を以てして、短歌俳句以上の長い詩を欲するならば、いかにしても散文律の自由詩に行く外、断じて他に手段はないのである。
 此処に於て吾人は、日本詩壇に於ける最近の自由詩が、いつ如何《いか》にして始まったかを、当初の歴史について調べてみよう。現代詩壇に於ける自由詩は、その始め、実に新体詩から解体して、次第に済《な》し崩《くず》しになったのである。即ちあの新体詩が、反復律の退屈から漸《ようや》く人々に倦かれてきた時、薄田泣菫《すすきだきゅうきん》その他の詩人が、これに音律の変化と工夫を求めるため、六四、八六等の破調を加え、次第に複雑にして遂に蒲原有明《かんばらありあけ》等に至ったのである。故に日本に於ける自由詩の発生は、欧洲に於けるそれと全く事情を異にしており、むしろ正反対であることが解るだろう。欧洲の自由詩は、高蹈派等のクラシカルな形式主義に反抗して、音律の自由と解放とを求めるために興ったのである。然るに日本は反対であり、却って新体詩の単調に不満し、音律の複雑と変化を求めるた
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