女性的な美である故《ゆえ》に、或る種の抒情詩の表現には適するけれども、断じて叙事詩の表現には適合しない。叙事詩は男性的なものであるから、極めて強い語勢をもった、音律のきびきび[#「きびきび」に傍点]した音律でなければ、到底表現が不可能である。アクセントもなく平仄もない、女性的優美の大和言葉は、いかにしても叙事詩の発想には適しない。これ実に日本に於て、昔から真の[#「真の」に白丸傍点]叙事詩《エピック》が無い所以《ゆえん》である。(此処《ここ》で「真の」と断わるのは、多少それに類したものは、上古にも後世にもあったからだ。)
思うに日本語ほど、この点で特殊であり、非叙事詩的《アンチエピカル》な国語は世界に無かろう。西洋の言語は、どこの国の言語であっても、ずっと音律が強く、平仄やアクセントがはっきり[#「はっきり」に傍点]している。特にその叙事詩的《エピカル》のことに於て、*独逸《ドイツ》語は世界的に著るしい。独逸語の音律は、ニイチェが非難した如く軍隊の号令的で、どこまでも男性的にきびきび[#「きびきび」に傍点]しており、音語が挑戦《ちょうせん》的に肩を張ってる。(実に独逸という国は言語か
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