そん》氏の研究等を参照せよ。)
[#ここで字下げ終わり]
かく日本の詩は、内容上にも形式上にも、西洋と全く反対なる、背中合せの特色によって発展して来た。そしてこの事情は、全く我々の国語に於ける、特殊な性質にもとづくのである。元来、言語に於ける感情的な表出は、主として語勢の強弱、はずみ、音調等のものによるのであって、アクセントと平仄とが、その主なる要素になっている。然るに日本の国語には、この肝腎《かんじん》なアクセントと平仄が殆どないため、音律的には極めて平板単調の言語にできている。特に純粋の日本語たる、固有の大和言葉がそうである。試みに我々の言語から、すべての外来音たる漢語一切を除いてみよ。後に残った純粋の大和言葉が、いかに平板単調なのっぺら[#「のっぺら」に傍点]棒で、語勢や強弱の全くない、だらだら[#「だらだら」に傍点]した没表情のものであるかが解るだろう。
しかしこうした没音律の日本語にも、その平板的な調子の中に、或る種のユニックな美があるので、これが和歌等のものに於ける、優美な大和言葉の「調べ」になっている。けれどもこの特殊の美は、極めてなだらか[#「なだらか」に傍点]な
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