反感し、より自由で平民的な散文に趣味を転じて来たからである。そして自由詩の本質に於ける精神が、同じくこの散文時代の趣味性を表象している。故にこの意味から言うならば自由詩は*散文的であるほど――即ち非律格的であるほど――真に本質的に自由詩なのである。
 さて浪漫派の時代思潮は、過去の貴族文明への反感からして、一切の叙事詩的《エピカル》な精神を抑圧したが、これに対する反動の逆流は、当然また興らなければならなかった。そして実にこの反動は、芸術のあらゆる方面から興ったのである。しかしこれ等には、単に詩と小説との文学につき、反動の歴史を見れば足りる。先《ま》ず小説から始めて行こう。小説に於ける浪漫派の反動思潮は、人の知る如く例の自然主義である。この仏蘭西に興った自然派の文学主張が、本質的に何を意欲し、何を特色したものであるかは、既に他の章でしばしば詳説した通りである。即ちそれは「主観を否定した主観主義」の文学で、当時の情熱的なる人間主義者《ヒューマニスト》が、浪漫派の人道的センチメンタリズムに叛逆《はんぎゃく》し、愛や情緒やの虐殺を叫んだところの、一の抑圧されたる叙事詩精神《エピックハート》の爆
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