会はデモクラチックになり、自由主義になり、そして時代思潮の傾向は、常に到る処に平和主義や、人道主義や、博愛主義や、社会主義やの、所謂文化的|女性化主義《フェミニズム》へ潮流している。さればかかる社会に於て、古典韻文の如き形式主義の文学が、流行の外に廃棄されるのは当然である、特に就中《なかんずく》、叙事詩の如き貴族趣味に属するものは、時代の来る先鋒《せんぽう》に於て死刑にされる。
 近代文学の黎明《れいめい》は、実に浪漫派の情緒主義《センチメンタリズム》によって開かれている。それは資本主義の平民文化が精神する、あらゆる反貴族的、反武士道的なものを表象している。換言すれば浪漫派は、クラシズムの形式主義に反感する、一切の自由主義的精神を代表している。すなわち彼等の新しい詩は、何よりも先《ま》ず情緒を重んじ、恋愛を讃美《さんび》し、そして形式上には、古典詩学の窮屈な拍節本位に反対して、より自由でメロディアスな、内容本位のスイートな音律を創見した。何よりも彼等は威権ぶったもの、四角張ったもの、形式ぶった窮屈のものを嫌った。そして浪漫派の精神が流れるところは、遂に象徴派を経て詩の形式を全く破壊し、
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