の所謂「自由詩」が、実にこの疑問から出発した。彼等は韻文の形式に窮屈して、より拘束なき自由の音楽を呼ぼうとした。しかしながら今日、自由詩は尚詩壇の「一部のもの」にすぎない。すくなくとも西洋に於ては――日本はこの際、特殊の事情によって例外する。――自由詩は全般のものでなくして、或る一部の詩人に属するもので、爾余《じよ》の大半の詩人たちは、今日尚規則的なる、韻文の形式を捨てないのである。何故だろうか? 彼等の頭脳が古く頑冥《がんめい》な為であろうか。否。現代の最も進歩した詩人すらが、しばしば厳格なる韻律形式を固守している。かの象徴派の詩人にして、欧洲に於ける自由詩の開祖と目されるヴェルハーレンすらが、後には自由詩を廃棄して、最も形式的なる押韻詩の作家になったのである。
 かく規則的なる韻律詩が、今日尚自由詩と相対立して、詩の形式を二分しているところを見ると、何等かそこには、定則韻文の有する独自の意義が感じられる。すくなくとも今日の定律詩人は、単なる因襲の慣例によって、無自覚にクラシックな韻文を書いているのではない。何等かそこには、自由詩によって満足されないところの、別の適切な表現を感じてい
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