表現から、詩的精神の高いものを探《さが》してみよう。第一に先《ま》ず、何よりも音楽が考えられる。音楽はすべて――西洋の音楽でも日本の音楽でも――本質的に主観芸術の典型に属している。音楽ほどにも、感情の意味を強く訴え、詩を感じさせる表現はないであろう。この意味で音楽は、詩以上の詩、詩の中での詩と言うことができる。
然るに人々は、しばしば音楽の中に於ける、或る特殊な音楽を指して「詩」と言ってる。たとえばショパンや、ベートーベンや、ドビッシーやは、常に一般から詩人音楽家と呼ばれている。そしてハイドンや、バッハや、ヘンデルやは、そう呼ばれていないのである。何故だろうか? けだし前に他の章で述べた如く、音楽の部門に於ても、それぞれまた主観派と客観派との対立があり、そしてショパン等は前者に属し、バッハ等は後者に属しているからだ。「詩」という言語は、常にあらゆる関係の比較に於て、主観的のものにのみ属するのである。(「音楽と美術」参照)
しかし吾人は、この章に於て特に文学のことを考えよう。なぜなら詩の形式は、本来文学に属しており、小説や戯曲と密接な関係を有するから。さて文学――詩以外の文学――に於
前へ
次へ
全334ページ中103ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング