する詩の反語に外ならない。丁度、科学が人生に於ける詩の反語であり、小説が文学に於ける詩の反語であるように、叙事詩は詩に於ける詩の反語である。換言すれば、それは主観に反動するところの、最も高調された主観的精神である。故に真の純一のもの、主観の中の純主観であり、詩の中での純詩と言うべきものは、ポオの名言したる如く抒情詩の外にない。(「実に詩というべきものは抒情詩の外になし。」ポオ)他はすべてその反語であり、逆説であるにすぎないのだ。
 此処に至って詩の正統派は、遂に浪漫派に帰してしまう。なぜなら浪漫派は、始めから純主観の情緒主義によって立っていたから。のみならず浪漫派は、恋愛を以て中心的のものに考えていた。けだし恋愛の情緒は、あらゆる主観の中で最もセンチメンタルであり、最も甘美な陶酔感をもっているのに、その感傷や陶酔感こそ、抒情詩の抒情詩たる真の本質のものであるからだ。そこでもしポオの言葉を附説すれば、「実に抒情詩というべきものは恋愛詩の外になし」で、これを主張した浪漫派こそ、正しく詩派の中での正統主義であったのだ。

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* 抒情詩的《リリカル》な感情と叙事詩的《エピカル》な精神とが、全く同一線上のものに属することは、大概多くの詩人が、この両面の詩情を一人で兼ねている事で解る。例えばゲーテ、シルレル、バイロン、ハイネの如き、何れも情緒|纒綿《てんめん》たる恋愛詩の詩人であって、同時に一方でヒロイックな叙事詩を書いている。のみならず、ハイネやバイロン等の如きは、一方で恋をしながら一方で義人の如く戦っていた。ニイチェに至っては、その最も典型的な例であって、彼の妹にあてた書簡の如き、真の女性的愛情の優しさを尽している。故に公理を言えば、善き抒情詩《リリック》の作家のみが、善き叙事詩《エピック》を書き得るのである。

 自殺した芥川龍之介は、純一なる小説家でかつ芸術至上主義者であったけれども、一方ではこれによって、ヒロイックな叙事詩を書こうと企てたのである。著者がかつて他の論文で、彼を「詩を欲情する小説家」と言ったのはこの為だ。
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     第十二章 日本|詩歌《しいか》の特色


 以上|吾人《ごじん》は、主として西洋の詩について叙述してきた。次に我々自身のもの、日本の詩について述べねばならぬ。もとより詩の原理するところは、東西古今を通じて一であり、時と場所による異別を考え得ないが、その特色について観察すれば、彼我《ひが》自《おのず》から異ったものがなければならぬ。そしてこの特色から、我々の詩は著るしく外国のものと異っている。実に地球の東と西とは、詩に於て見るほど著るしく、距離の隔絶を考えさせるものはないのだ。
 第一に西洋と日本とは、詩の起元に於ける歴史からちがっている。既に前に述べたように、西洋の詩の歴史は、古代|希臘《ギリシャ》の叙事詩《エピック》から始まっている。然るに日本の詩の歴史は、古事記、日本書紀等に現われた抒情詩《リリック》から出ているのだ。しかも形式について見れば、西洋の詩は荘重典雅なクラシカルの押韻詩に始まっているのに、日本の上古に発生した詩は、すべて無韻素朴の自由詩である。左にその二三の例を示そう。
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少女《をとめ》の床のべに我がおきし剣《つるぎ》の太刀、その太刀はや。
大和《やまと》の高|佐士野《さしの》を七行く少女ども、誰おし巻かむ。
すずこりが醸《か》みし酒《みき》に我れ酔ひにけり、ことなぐし、ゑぐしに我れ酔ひにけり。
尾張にただに向へる一つ松、人にありせば衣《きぬ》きせましを、太刀はけましを。
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 こうした自由詩に始まった日本の詩は、後に*支那との交通が開けてから、始めて万葉集に見る七五音の定形律(長歌及び短歌)の形式を取るに至った。しかもこの定形律は、韻文として極《きわ》めて大まか[#「大まか」に傍点]のものであって、一般外国の詩に見るような、煩瑣《はんさ》な詩学上の法則がない。外国、特に西洋の韻文は、一語一語に平仄《ひょうそく》し、シラブルの数を合せ、行毎に頭韻や脚韻やを踏むべく、全く形式的に規定されたものであるのに、日本の長歌や短歌やは、単なる七五音の反復をするのみで、殆《ほとん》ど自然のままの詠歎《えいたん》であり、何等形式と言うべきほどの形式でない。すくなくとも日本の定形律は、西洋の厳格な「韻文《バース》」に比して、極めて非形式的《アンチクラシック》な自由主義のものである。

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* 日本の詩に定形律が出来たのは、支那の詩にその規約があるのをみて、一種の文化意識から模倣したものだと言われている。自然のままで発展したら、原始の自由律で行ったのだろう。(清野博士の考証、土田|杏村《きょう
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