のであった。むしろ彼等の文学は、あまりに人間的情慾に充ちたところの、あまりに主観的なる「生活のための芸術」でありすぎた。彼等の中での、最も徹底した芸術至上主義者――したがって最も徹底した自然主義者――であったフローベルさえ、常に「余は平凡を最も憎む、故にあえて平凡を書く。」と言ったと言われる。以ていかに自然主義が本質的な逆説文学であったかが解るだろう。然《しか》り。自然派文学の本体は一語に尽く。逆説された詩的文学。――である。
かく考えてくれば、浪漫派も、人道派も、自然派も、大概の文学は皆詩的であり、実に詩的精神を持たない文学というものは、事実上に於て無いように思われる。試みに吾人の知ってる、多くの知名な文学者の名をあげてみよう。ゴーリキイ、アンドレーフ、ストリンドベルヒ、チエホフ、バルザック、アルチバセーフ、イプセン、トルストイ、ロマン・ローラン、ハウプトマン、ツルゲネフ、ゾラ、ビョルンソン、メーテルリンク、ダヌンチオ、メレジコフスキイ等、いくら並べてみても同じであるが、結局彼等の中から、詩人的でない作家を一人も発見することができないほどだ。また文学の流派について考えても、浪漫派、人生派、人道派、自然派、象徴派等の全部にわたり、本質的に詩的でないものは一もない。その客観主義を標号し、レアリズムを説くものさえ、実には主観的なる「生活のための芸術」で、真の純粋な観照主義の文学でないことは、すべて自然派に於て見る通りである。
実に西洋の文学は――すくなくとも西洋の文学――は、著るしく本質に於て主観的で、宗教感や倫理感の詩的精神を高調している。むしろ吾人の困難は、彼等の中から「詩的のもの」を発見することでなくして、稀《ま》れに「詩的でないもの」を発見することにかかっている。けだし西洋の文学史は、古代の叙事詩や劇詩に始まり、小説等の散文学は、すべてこの希臘《ギリシャ》詩の精神から、後に発展したものであるからだ。「詩」という一つの観念は、古代より近代に至るまで、西洋のあらゆる文学史を一貫し、小説も戯曲もエッセイも、すべてがこの母音の上に詩神を立脚している。実に「詩」は西洋文学の基調であって、それなしにはどんな散文学もないのである。然るに我が日本に於ては、この事情が大いに異っている。日本の文学と文壇とは、歴史的にも事実的にも、西洋と発展の経路を別にし、かつ内容が著るしく異っている。だが日本の文学については、別に章を改めて後に説こう。
さて吾人は、既に芸術に於ける二つのもの、即ち音楽と文学とについて観察した。そしてこの何《いず》れもが、共にその芸術を詩的精神に置いていること、共に芸術中での「詩的なもの」であることを認識した。ではそもそも、芸術に於ける「詩的でないもの」はどこにあるのか。もちろん前にも言ったように、芸術の本質が美である以上、広義に、詩的でない芸術は考えられない。けれども比較に於ける関係からは、詩の主観的精神と対蹠《たいしょ》さるべき、純の客観芸術が考え得られる。すくなくとも芸術としての範囲に於て、自然主義の主張を文字通りに徹底させたようなもの、即ち一切の人間的温熱感を超越し、純に冷静なる知的の態度で客観された、真の徹底したる観照本位の芸術が有り得るだろう。
吾人はこの種の芸術を、或る種の美術について見るのである。既にしばしば、本書のずっと前から言っている如く、美術は芸術の北極であり客観主義の典型に属している。詩は音楽と共に、この点で美術の対蹠する南極に立たねばならぬ。しかしながら前に他の章(音楽と美術)で言っているように、美術それ自体の部門に於てまた主観派と客観派との対立があり、その主観派に属するもの――ミレーや、ターナアや、ゴーガンや、ゴーホや、ムンヒや、歌麿《うたまろ》や、広重《ひろしげ》や――は、画家と言うよりはむしろ詩人に属している。ゆえに彼等については例外とし、此処では特に、美術中の客観派たる、純粋美術について言うのである。
実に芸術 Art という言葉は、美術について思う時ほど、真に語感のぴったり[#「ぴったり」に傍点]とすることはない。特に就中、建築や彫刻の造形美術について考える時、一層それが適切にぴったり[#「ぴったり」に傍点]とする。なぜならば美術の態度こそ、真に徹底したる観照主義で、正しく「芸術のための芸術」であるからだ。それは一切の主観を排し、真に物について物の真相をレアリスチックに観照する。実に「科学の如く」という言葉は、美術家の態度に於てのみ正当に思惟《しい》され得る。詩や小説やの文学は、美術に比すればあまりに人間的臭気が強く、世俗的であり、宗教感や倫理感の感傷主義に走りすぎる。文学はすべて科学的でない。
故に言語の厳正な意味に於て、真に芸術 Art と言わるべきは、世にただ美術あるのみで
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