ているのだろう。
 すべてこうした誤解は、僕の使用する言語の意味と、読者の観念する言語の字義とが、本質的に食いちがっており、時には正反対にさえなっているため、避けがたく生ずるのである。そこで僕の立場としては、第一に言語の語義を説明し、一々の語に定義を立てて、それから論説を進めて行かねばならないのだ。しかし従来僕の書いたものは、すべて時々の雑誌に寄せたもので、もとより連絡も体系もない、一時的の断片論にすぎないのである。そうした片々たる小論で、言語の定義から説明して行くような行き方は、始めから不可能でもあり、かつ論文として退屈である。だから僕の立場としては、一切の説明を省略して、直ちに思想の中心に跳《と》び込んで行く外はなかったのだ。そしてこの点から、僕は独断的に思われたり、その点で非難や誤解を受けたりしたが、事情|止《や》むを得ないことでもあった。
 要するに僕の論文は、一般読者にとって甚だしく「難解」のものであったらしい。そしてこの「難解」の責任は、或る点読者の側にもあるだろうが、主として矢張、僕自身の罪に負わねばならない。何しろ一冊の書物にもなってるほど、複雑した困難の問題を、月々の雑誌で軽々しく断片的に――しかも肝腎《かんじん》の説明を省略して――思いつきにまかせて書きとばした物であるから、前後の間に矛盾もできるし、意味の混乱して解らないところもできる筈《はず》だ。そこでこの点の不注意と軽率とを、僕は改めて読者にお詑《わ》びしたい。と言うわけは、今度|漸《ようや》く稿を集めて僕の体系ある自由詩論の一冊を、アルスから出版することになったからだ。
 僕はずっと昔――殆《ほとん》ど十年以上も前――から、詩の本質について考え続けた。そもそも詩とは何だろうか? 詩の詩たる本質は何だろうか? この一つの問題こそ、僕が詩を作り始めた最初の時から、ずっと今日に至るまで、十余年の長きにわたって考え続けたことであった。僕は元来、瞑想《めいそう》的な気質を多分に持った人間であり、一つことを考え出すと、究理的にまで思索に没頭せねばおられぬので、詩を作り出した最初の日から、この一つの瞑想が、蛇のように執念深くからみついてた。それで過去に、幾度か思想をまとめようとして、詩論の体系を書き出したが、いつもそれが書けた頃に、次の新しい考えが浮ぶので、前の思想が幼稚になり、かつ誤謬《ごびゅう》が発
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