まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍体のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。

しもつき上旬《はじめ》のある朝、
探偵は玻璃の衣裳をきて、
街の十字巷路《よつつじ》を曲つた。
十字巷路に秋のふんすゐ、
はやひとり探偵はうれひをかんず。

みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者《くせもの》はいつさんにすべつてゆく。


盆景

春夏すぎて手は琥珀、
瞳《め》は水盤にぬれ、
石はらんすゐ、
いちいちに愁ひをくんず、
みよ山水のふかまに、
ほそき滝ながれ、
滝ながれ、
ひややかに魚介はしづむ。


雲雀料理

ささげまつるゆふべの愛餐、
燭に魚蝋のうれひを薫じ、
いとしがりみどりの窓をひらきなむ。
あはれあれみ空をみれば、
さつきはるばると流るるものを、
手にわれ雲雀の皿をささげ、
いとしがり君がひだりにすすみなむ。


掌上の種

われは手のうへに土《つち》を盛り、
土《つち》のうへに種をまく、
いま白きじようろ[#「じようろ」に傍点]もて土に水をそそぎしに、
水はせんせんとふりそそぎ、
土《つち》のつめたさはたなごころの上にぞしむ。
ああ、とほく五月の窓をおしひらきて、

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