から遠ざかつて居たか。そこには色々な理由があらう。しかしその最も主なる理由は、時代が久しく自然主義の美学によつて誤まられ、叙情的な一切の感情を排斥したことに原因する。然り、そしてそこには勿論真の時代的叙情詩が発生しなかつたことも原因である。我々の芸術は日本語の純真性を失つてゐた。言ひ代へれば日本的な感情――時代の求めてゐる日本的な感情――が、皮相なる翻訳詩の西洋模倣によつて光輝を汚されて居た。我が国の詩人らはリズムを失つて居た。かかる芸術は特殊なペダンチズムに属するであらう。そこには「気取り」を悦ぶ一階級の趣味が満足される。そして一般公衆の生活は之れに関与されないのである。
 ともあれ当時の詩壇はかやうな薄命の状態にあつた。詩は公衆から顧みられず、文壇は詩を犬小舎の隅に廃棄してしまつた。されば私等の仕事には、ある根本的な力が[#「ある根本的な力が」に傍点]要求された。私等の仕事は、正に荒寥たる地方に於ける流刑囚の移民の如きものであつた。私等はすべて[#「すべて」に傍点]を開墾せねばならなかつた。詳説すれば、既に在る一切の物を根本からくつがへして、新しき最初の土壌を地に盛りあげねばならな
前へ 次へ
全52ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング