聞いた。
「あの、おたづね致しますが……」
 それは姉の方の娘であつた。彼女はたしかに、私よりも一つ二つ年上に見え、怜悧な美しい瞳《め》をした女であつた。
「滝の方へ行くのは、この道で好いのでせうか?」
 さう言つて慣れ慣れしく微笑した。
「はあ!」
 私は窮屈に四角ばつて、兵隊のやうな返事をした。女は暫らく、じつと私の顔を眺めてゐたが、やがて世慣れた調子で話しかけた。
「失礼ですが、あなた一高のお方ですね?」
 私は一寸返事に困つた。
「いいえ」といふ否定の言葉が、直ちに瞬間に口に浮んだ。けれども次の瞬間には、帽子のことが頭に浮んで、どきり[#「どきり」に傍点]と冷汗を流してしまつた。私は考へる余裕もなく、混乱して曖昧の返事をした。
「はあ!」
「すると貴方は……」
 女は浴せかけるやうに質問した。
「秋元子爵の御子息ですね。私はよく知つて居ますわ。」
 私は今度こそ大きな声で、はつきり[#「はつきり」に傍点]と返事をした。
「いいえ。ちがひます。」
 けれども女は、尚疑ひ深さうに私を見つめた。或る理由の知れないはにかみ[#「はにかみ」に傍点]と、不安な懸念とにせき立てられて、私は女
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