づれを後に残し、速足でずんずんと先に行つてしまつた。

 私がホテルに帰つた時、偶然にもその娘等が、隣室の客であることを発見した。彼等はその年老いた母と一緒に、三人で此所に来て居た。いろいろな反覆する機会からして、避けがたく私はその女づれと懇意になつた。遂には姉娘と私だけで、森の中を散歩するやうな仲にもなつた。その年上の女は、明らかに私に恋をして居た。彼女はいつも、私のことを『若様』と呼んだ。
 私は最初、女の無邪気な意地悪から、悪戯に言ふのだと思つたので、故意《わざ》と勿体ぶつた様子などして、さも貴族らしく返事をした。だが或る時、彼女は真面目になつて話をした。ずつと前から、自分は一高の運動会やその他の機会で、秋元子爵の令息をよく知つてること。そして私こそ、たしかにその当人にちがひなく、どんなにしらばくれて隠してゐても、自分には解つてるといふことを、女の強い確信で主張した。
 その強い確信は、私のどんな弁駁でも、撤回させることができなかつた。しまひには仕方がなく、私の方でも好加減に、華族の息子としてふるまつて居た。
 最後の日が迫つて来た。
 かなかな[#「かなかな」に傍点]蝉の鳴いて
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