癖のある女性であった。けれども婦人の身として、さすがにこの不思議な出来事は不気味であった。自分のいない留守の間に、或る知らない人物が忍び込んで、居間《いま》で何事かをしているということは、考えるだけでも神経を暗くした。
 夫人は夢に魘《うな》された時のように、厭やな重圧した気分を感じた。だが彼女の推理癖は、どうにもしてこの奇怪な事件から、真の原因を探り出そうと考えた。もし或る人物が、留守にどこかの窓を開けて、そこから闖入《ちんにゅう》して来るとすれば、窓の或るどこかに、コジあけた痕跡《こんせき》が残っているか、でないとしても、多少の指紋が残っているべきはずである。夫人は注意ぶかく調べて見た。だが窓のどこにも、少しの異状がなく、指紋らしきものさえなかった。この点の様子からは、絶対に人の這入った痕跡がないのである。
 翌朝起きた時に、彼女は一つの妙案を思いついた。それは部屋のあらゆる隅々へ、人の気づかない色チョークの粉を、一面に薄く敷いておくことである。もし今日も昨日のように、留守に何事かが、起ったらば、すっかり証拠の足跡がついてしまう。例の厭やな猫でさえも、それが這入って来た箇所からの、
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