くまっていた。
夫人は猫を飼っておかなかった。もちろんその黒猫は、彼女のいない留守の間に、他所《よそ》から紛れ込んだものに相違なかった。がどこから這入って来たのだろう。留守の間の用心として、いつも扉《ドア》は厳重に閉《とざ》してあった。もちろん鍵《かぎ》をかけ、そしてすべての窓は錠を下《おろ》して密閉されていた。夫人は少し疑い深く、部屋のあらゆる隅々を調べてみた。しかしどこにも決して、猫の這入るべき隙間《すきま》はなかった。その部屋には煙突もなかったし、空気ぬきの穴もなかった。どんなによく調べてみても、猫の這入り得る箇所はないのである。
夫人はそこで考えた。留守の間に何人かが――おそらくは窃盗《せっとう》の目的で――一度この部屋をうかがい、窓の一部を開けたのである。猫はその時偶然にどこからか這入って来た。そしてその人物が、暫《しば》らくこの部屋で何事かをした後に、再度またもとのように、窓を閉めて帰って行った。猫はその時から、此所に閉じこめられているのであると。実際また、それより外に推理の仕方はなかったのだ。
夫人は決して、病的な精神の所有者ではなかった。反対に理智の発達した、推理
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