るい部屋であった。その圧迫する厭やな気分は、どんなにしても自分の家に、彼女を帰らせまいとするほどだった。けれども結局、彼女は重たい外套《がいとう》を着て、いつも通りの家路《いえじ》をたどって行った。
部屋の戸口に立った時、彼女は何物かが室の中に、明らかにいることを直感した。いつ、どこから、だれがこの部屋に這入《はい》って来て、自分の留守にいるのだろう。そうした想像の謎の中で、得体《えたい》のわからぬ一つの予感が、疑いを入れない確実さで、益※[#二の字点、面区点番号1−2−22、33−3]《ますます》はっきりと感じられた。「確かに。何物かがいる。いるに相違ない。」彼女はためらった。そして勇気を起し、一息に扉《ドア》を開《あ》けひらいた。
部屋の中には、しかし一人の人間の姿もなかった。室内はひっそり[#「ひっそり」に傍点]としており、いつものように片づけられていた。どこにも全く、少しの変ったこともなかった。けれどもただ一つ、部屋の真中の床の上へ、見知らぬ黒猫が坐り込んでいた。その黒猫は大きな瞳《ひとみ》をして、じっと夫人をみつめていた。置物のように動かないで、永遠に静かな姿勢をしてうず
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