の柄に青貝の鋳《い》り込んでいる、女持ちの小形なピストルを取り出した。そのピストルは少し前に、不吉な猫を殺す手段として、用意して買った物であったが、今こそ始めて、これを役立てる決行の機会が来たのである。
彼女は曳金《ひきがね》に手をあてて、じっと床の上の猫を覗《うかが》った。もし発火されたならば、この久しい時日の間、彼女を苦しめた原因は、煙と共に地上から消失してしまうわけである。彼女はそれを心に感じ、安楽な落付いた気分になった。そして狙《ねら》いを定め、指で曳金《ひきがね》を強く引いた。
轟然《ごうぜん》たる発火と共に、煙が室内いっぱいに立ちこもった。だが煙の散ってしまった後では、何事の異状もなかったように、最初からの同じ位地に、同じ黒猫が坐っていた。彼は蜆《しじみ》のような黒い瞳《め》をして、いつものようにじっ[#「じっ」に傍点]と夫人を見つめていた。夫人は再度|拳銃《けんじゅう》を取りあげた。そして前よりももっと[#「もっと」に傍点]近く、すぐ猫の頭の上で発砲した。だが煙の散った後では、依然たる猫の姿が、前と同じように坐っていた。その執拗な印象は、夫人を耐えがたく狂気にした。ど
前へ
次へ
全17ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング