色彩、気分などは紹介しがたい。ヨオロツパ諸国の間にあつても左様であるから、況《いは》んやすべての事情環境の異つた東洋の言葉を以て、或は東洋の筆を以て西洋の気分を出す事は先《ま》づ不可能である。私一個としては西洋のものでも、甲の国のものを乙の国語を以つて読む事はなるべく避けて居る、よし読んだ処でそのすべてに信頼しない事にして居る、少しでも西洋の文字が解る人ならば、私は直接原文に接する事をすゝめる。原文では沢山によむ事は出来ず、或は深く味ふ事も出来ないかも知れないが、左様すればすべてが直接で所謂純料なるものが得られる。そして直接純料なものでなければ、何も強《し》いて外国式のものに接し、半可な外国通になる必要はないのである。もし翻訳に依つてヨオロツパの文学を説くものがあれば、それこそ理義をあやまつたものであるが、今日は往々さういふ人を見受ける。さういふのは板画に依つて、西洋の画を論ずるやうなものである。そんな翻訳を読むよりも下手でも日本の作物を読んだ方がどれほど益する処があるか知れない。幾時間もコツプに注いであつたビイルよりも、悪いながらも上かんの日本酒の方が良いと同じである。ただ/\翻訳を読まんとするものがあれば、私は翻訳有害論を唱へたい位である。
 翻訳株式会社の話はいやに真面目になつた、まつたく翻訳なんてものは、そんなに真面目に考へるべきでないかも知れない、これは矢張株式会社に頼んで多量生産をやつて貰つた方が自他のため、世間のためであるかもしれない。元来日本がさういふ国であるから。



底本:「日本の名随筆 別巻45 翻訳」作品社
   1994(平成6)年11月25日第1刷発行
底本の親本:「改造」改造社
   1927(昭和2)年7月号
初出:「改造」改造社
   1927(昭和2)年7月号
入力:浦山 敦子
校正:noriko saito
2009年5月3日作成
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