かへつて見ると元氣な一女學生は、いつ船を出たか、もう新らたにボオトに乘り移つて舟を操縱して居る。私は驚いてしまつた。併し此處にも生の力を見てうれしかつた。内輪に遠慮勝ちなのは日本の女の美には相違ない、否、日本人の美には相違ない、併しその内輪な遠慮勝ちと、力の發動とは決して矛盾はしない。萬一矛盾するものならば、生の力の前には美も消失すべきである。またしても説法の癖が始まつた、「よしなき老の言ひごと、ただゆるしおはしませ」か。
 歸りの自動車は快よかつた。山中湖畔での休息は特によかつた。それから例の籠坂峠を一氣に下つた。七八臺の自動車がかなりの速力で前後して、紆餘曲折した道を下つて飛ばして行くのは、何か活動寫眞にでもありさうな圖で、これは亦一興であつた。汽車は非常に込み合つて居て、坐る席などは絶無であつた。私は學生から讓られて、婆さんが不相應に足をのばして居るその傍に、僅かに腰を下し得た。すると對坐して一人の青年が居た、中學生で、如何にも眞面目な靜かな樣子である。何中學の生徒であるかはその説明をまつまでもなく、帽子がそれを語つて居た。青年は一卷の書物をのぞいて居る、見るとそれは藤村君の「破
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