戒」であつた。此も修學旅行の歸りと見えたが、他の多數の學生は、車中で殆んど言語にたへた狼藉を演じて居るのに、その仲間であるこの一人の學生は、ひとり靜かにこんな書物を讀んで居るのが頼母しかつた。私は、貴方はそんな本が好きなんですかと尋ねて見た。すると學生は答へて、私はこの著者が好きですと云ひ、なほその「破戒」を私の方に差し出して、讀んで御覽になりませんかと云つた。私は、有難う、併し私はもう大分以前に讀みましたと云つて、好意を謝し且つことわつた。私は今一度若がへつて、こんな純な心をもつた青年になりたくなつた。そしてこの旅が徹頭徹尾、若い人達に引率されたのである、と云つたやうな心持になつて歸つて來た。



底本:「現代日本紀行文学全集 東日本編」ほるぷ出版
   1976(昭和51)年8月1日初版発行
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2004年5月1日作成
青空文庫作成ファイル:
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