な顏をしてゐる事が出來るみのるは、義男に取つては一生を手を繋いでゆく相手の女とは思ひやうも無い事かも知れなかつた。
「二人は矢つ張り別れなければいけないのだ。」
みのるは然う思ひながら歩き出した。初めて、凝結してゐた瞳子《ひとみ》の底から解けて流れてくる樣な涙がみのるの頬にしみ/″\と傳はつてきた。
みのるの歩いてゆく前後には、もう動きのとれない樣な暗闇がいつぱひに押寄せてゐた。その顏のまわりには蚊の群れが弱い聲を集めて取り卷いてゐた。振返ると、その闇の中に其方此方《そちこち》と突つ立てゐる石塔の頭が、うよ/\とみのるの方に居膝《ゐざ》り寄つてくる樣な幽な幻影を搖がしてゐた。みのるは自分一人この暗い寂しい中に取殘されてゐた氣がして早足に墓地を繞《めぐ》つてゐる茨垣《ばらがき》の外に出て來た。
其邊をうろついてゐたメエイが其所へ現はれたみのるの姿を見附けると飛んで來てみのるの前にその顏を仰向かしながら、身體ぐるみに尾を振つて立つた。突然この小犬の姿を見たみのるは、この世界に自分を思つてくれるたつた一とつの物の影を捉へたやうに思つて、その犬の體を抱いてやらずにはゐられなかつた。
「有
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