》らうとするその逢魔《あふま》の蔭にみのるは何時までも佇んでゐた。ぢいん[#「ぢいん」に傍点]とした淋しさが何所からともなくみのるの耳の傍に集まつてくる中に、障子や襖を蹴破つてゐる樣な氣魂《けたゝま》しい物の響きが神經的に傳はつてゐた。
然うして絹針のやうに細く鋭い女の叫喚《さけび》の聲がその中に交ぢつてゐる樣な氣もした。それが自分の聲のやうであつた。みのるの身體中の血は動いた儘にまだゆら/\としてゐた。何所かの血管の一部にまだその血が時々どんと烈しい波を打つてゐた。けれどもみのるは自分の心の脉《みやく》を一とつ/\調べて見る樣なはつきりした氣分で、自分の頭の上に乘しかゝつてくる闇の力の下に俯向いて、しばらく考へてゐた。さうして、その清水に浸つてゐる樣な明らかな頭腦《あたま》の中に、
「自分どもの生活を愛する事を知らない。」
と云つた義男の言葉がさま/″\な意味を含んでいつまでも響いてゐた。
みのるは全く男の生活を愛さない女だつた。
その代り義男はちつとも女の藝術を愛する事を知らなかつた。
みのるはまだ/\、男と一所の貧乏《きうぼう》な生活の爲に厭な思ひをして質店《しちみせ》の
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