ゐて直ぐ斯う聞いた。みのるは今日の式塲で義男の縞の洋服がたつた一人目立つてゐた事を考へながら默つて笑つた。
「借りたの。」
うなづいたみのるも、うなづかれた義男も、同じ樣に極りの惡るそうな顏をした。こんな時にお互に禮服の一とつも手許にないと云ふ事がれい/\とした多くの人の集まつた後では特《こと》に強く感じられてゐた。
「あなたの服裝《なり》は困つたわね。」
「まあいゝさ、君さへちやん[#「ちやん」に傍点]としてゐれば。」
義男は然う云つてから、もう一度みのるの借着の姿を見守つた。義男はそれを何所から借りたのかと聞いたけれども、みのるは小石川から借りたとは云はなかつた。舊《もと》の學校の友達から然うした外見《みつとも》ない事を爲《し》たと云つたなら、義男は猶厭な思ひがするであらうと思つたからであつた。みのるは自分の許へ親類の樣に出入りしてゐる商人の家の名を云つて、其所から都合して貰つたのだと云つた。そうして、何時も困つてゐるといふ噂のある義男の友人の妻君が、ちやんとしてゐた事をみのるは思ひ出して感心した顏をして義男に話した。
「私たちみたいに困つてゐる人はお友達の中にもないと見えるわ
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